旅行・地域

winter solstice

12月21日は冬至。。。1年で一番夜の長い日。

かぼちゃに小豆粥が思いだされます。

http://iroha-japan.net/iroha/A04_24sekki/07_toji.html

中国でも冬至は冬至と書くそうで、冬の到来という意味ですね。

おもちをご先祖様にお供えするするそうです。

中国語の冬至を英語ではDong Zhi と書きます。

一番夜が長い日の次には、次第に日の長くなる時がやってくる・・・

中国でも冬至を祝います。家族で集まってお祝いするんですね・・

こちら↓

http://www.discoverhongkong.com/eng/heritage/festivals/he_fest_wint.jhtml

北半球では冬至、ということは南半球では夏至。

オーストラリアも今、クリスマスを迎える準備中。

こんな写真があるとクリスマス時期のレッスンが盛り上がりますねえ。

http://www.recipezaar.com/bb/viewtopic.zsp?t=187986

日本ではこんなイベントも 

http://www.candle-night.org/english/

http://www.candle-night.org/english/2008/12/what_is_candle_night.html

冬至にまつわるいろいろでした。

松香フォニックス研究所

http://www.mpi-j.co.jp/

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オックスフォードのクリスマス 3

世界の宗教人口は・・・ 世界人口を約55億人とした場合 

 キリスト教 約19億人

 イスラム教 約10億人

 ヒンドゥー教 約7億人

 仏教     約3億人 

…以上、http://www.bekkoame.ne.jp/i/funyara9/syukyo/s_jinkou01.htmより抜粋

日本に関していえば、

学者による推定では、成人の20〜30%が積極的に何らかの宗教を実践しているとされるが、文化庁の2004年の報告によると、2億1382万6661人の日本国民が何らかの宗教を信仰しているとされる。この数字は、日本の総人口のほぼ2倍であり、日本国民の多くが複数の宗教(特に神道と仏教)を信仰していることを表している。多くの国民は、仏教と神道の両方の儀式を実践している。さらに、宗教団体の信者数に関する文化庁の統計データは、各宗教組織の自己申告に基づくものであった。

宗教を信仰していると答えた国民のうち、51%が神道、44%が仏教、そして1%がキリスト教の信者である。神道と仏教は相互排他的な宗教ではなく、この2つの宗教の信者は大半が双方を信仰している。人口のほぼ5%が、統一協会、天理教、生長の家、世界救世教、パーフェクトリバティー教団など、その他の宗教団体に属している。日本イスラム協会によると、日本国内にはおよそ10万人のイスラム教徒がおり、その7〜10%が日本国民であると推定されている。このほかにも少数のユダヤ教徒がいるが、その大半は外国生まれの居住者である。

…以上、http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20060928-50.html より抜粋

日本で宗教を信仰している人の数が、総人口の2倍というのがおもしろい。

私の祖母も、仏壇にマリア像を納めて日々拝んでいたという。

日本なら割とよくある話である。

宗教の違いは文化の違いを連れてくる。

宗教のある・ないということも習慣の違いになる。

いつもは意識しないけど実家は●●を信じている、というのもそうだ。

あまりよく見えなくても、私たちはそれぞれ、さまざまな文化を背負っている。

違いを楽しめるか?

尊重できるか?

オックスフォードを思い出しながらふと考えた。

   

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オックスフォードのクリスマス 2

実は知人は1年間、サバティカルでオックスフォードに滞在していた大学教授だった。

サバティカルの貴重な1年間、

この静かな村でひたすら勉強する楽しみを

味わうことに使うことにしたのだった。

仮住まいのオックスフォードのこの村で

キリスト教徒でない彼らも静かにクリスマスの夜を過ごしていた。

彼らも自国に帰れば、この同じ時期にハヌカというお祭りがある。

ハヌキヤという、8つのキャンドルをともせるように作られた燭台に

毎日キャンドルの灯をともしていく。最初は1本、次の日は2本、・・・

そして最後の日は8本全部に火がともる。

昔神殿が敵に攻められて落ち、それを奪還したときに、不思議な油壷があった。

ほんの少しの油しかなかったのに8日間灯をともし続けた、という故事から

このお祭りがはじまったという。

クリスマスと同じ時期だけれど、べつに張り合ってやってるわけじゃないよ、

と知人は言う。

子供も大人も年1回、このときにおいしい揚げたてのジャム入り揚げパンが食べられる。

幼稚園や学校では歌を歌って楽しむ。

たいていの家にはハヌキヤが飾り棚に置いてある。

ユダヤ暦でキスレブと呼ぶ、その月の25日から8日間

「光の祭」とも呼ぶハヌカ

寒い晩に毎晩1本づつ明かりが増えていくのは暖かく、うれしい。

ハヌキヤ Wikiより↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%8C%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%A4%E3%83%BC  

つづく・・・

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オックスフォードのクリスマス 1

クリスマスの頃オックスフォードの知人宅に滞在したことがある。

まずは中心地を見ていこう、というので

古い石造りの建物の間をそぞろ歩いたり、

歴史的な建物に入って見学したり

目抜き通りをぶらぶらしたり。

灰色の空の下、

商店にははクリスマスセールの張り紙がべたべた貼られ、

市場にはずらりと七面鳥の羽をむしったのが逆さにブラさがり、

(ここにぶら下がってるすべての七面鳥がオックスフォードの住人の

おなかに入るのか!と驚嘆)

暖かく着込んだ人たちが早足で行き交っていた。寒かった・・・

知人宅はオックスフォードからバスに乗る。

落ち着いた家並みが続き、ところどころ茅葺の古い農家もあった。

窓辺にはクリスマスのオーナメントが控えめに、でもうれしげに飾られていた。

村の中心にある教会前には、「厩」があった。横3mはある大きな箱に

マリアとイエスを囲むように動物たちや聖人のお人形が飾られている。

早い夕暮れ、空気もさらに冷え込んだ頃、知人宅に向かう。

知人宅は、18世紀の石積みの家だった。

小ぢんまりとしたその家は、狭い階段を上って2階に3つのちいさな部屋と

1階に食堂と居間がある。各部屋に備え付けのヒーターがやわらかく部屋を暖めている。

厚みのある壁についた小さな窓辺から、道の反対側にある農家のどっしりした玄関が見えた。

部屋にはクリスマスの飾りはない。

彼らはクリスチャンではなかったので、イブの夕食もシンプルなスープとパン。

そうだよね、クリスマスでも宗教が違えばいつもの夜と同じなのだ。

皆で語り合っていると、ノックの音が。

ドアを開けると、キャンドルをともした聖歌隊が立っていた。

村の若い人たちなのだろう、3人が聖歌を歌ってくれるという。

知人は「私たちはクリスチャンではないので聖歌はいりませんが、

寄付をさせていただきます。ありがとう」と丁寧に言って、いくらかを箱に入れた。

そしてさっきと同じようにテーブルについて、話を続けた。

つづく・・・

Visit Oxford ↓

http://www.visitoxford.org/lang-japanese.asp

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国境なき医師団

その活動をどこかで耳にされたことはあると思うけれど、

実際にどういう人が国境なき医師団として被災地や政治的に不安定な地域に

出かけていくか、知っていましたか?

今日久しぶりに従妹たちに会ったのですが、従妹の一人は看護師で

国境なき医師団の一人としてミャンマーから帰ったばかりというので

いろいろ話を聞きました。

「サイクロンの後1ヶ月後に現地に入ったのでそんなにひどい状態じゃなかったよ」

というので、被災直後はどうだったのかというと

遺体が水路に浮かんで船が通れないくらいだったといいます。

入り組んだ水路に沿って住宅が並んでいるようなところで、直後の状況は

本当に悲惨だったらしいと。もともと医療機関のないところなので、人々は

がんになろうが痛みがひどかろうが、じっと家で耐えるのがあたりまえだということで

時がたつにつれ静かで落ち着いて、いつものように医療のない状態へと

戻っていったのだそうです。

日本からは毎年30人ほどが国境なき医師団に実際に参加しているとのこと。

スペイン、ドイツ、フランスなど数ヶ国が主体となって活動し、人手がほしい時に

その条件に合った登録者にお呼びがかかるそうです。

従妹の場合はミャンマー、エチオピア、ミャンマーと3回目の派遣で、

行くたびに土地の言葉を覚えて仕事するそうな。スタッフ同志は英語でいいけれど、

通訳がいつも付いているわけではないから現地の人とコミュニケーションするには

まず言葉を聞きとれることが必要なのだとか。

ミャンマーは2度目だから言葉の面では楽だったんじゃない?

と聞いたら、一度目はもっと奥地でイスラム地区だったため、アラビア語に似た

言葉だったらしい・・・多言語国家なので地域が違うと言葉もまったく違うというのです。

「現地では言葉が通じなけりゃどうしようもないことはたくさんあるのよ。

だから覚えるしかないんだよね。」と従妹。

いつどこでどんな言葉と縁ができるか、本当にわからない。

世の中には違う言葉を話す人たちがいて、お互いに理解するにはどうしても

言葉を使わなきゃならない場面もある・・・

自分のいる世界だけを見て「この世の中」だと思っているけど、実は

多様なものが混在しているなかのほんの小さな場所にいるんだよね、

と思いださせてくれたひと時でした。

英語もその多様な世界のごく一部。

それでも日本語だけの世界よりずっと多くのものを見せてくれる・・・

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